【第1回】ラポールの概要とその重要性

 

タナカさんと同僚のヤスダさんのある日の会話

 

タナカ : またケアレスミスをしてしまったんですよ…。

ヤスダ: ミスですか?大丈夫ですよ、心配しなくても。

タナカ : それが結構シリアスな状況なんです。先方にも迷惑をかけたし…。

ヤスダ: ドンマイドンマイ。だれでもミスはしますから。

タナカ : でも連続のミスで…落ち込みますよ…。

ヤスダ: どうってことないですよ。私なんかしょっちゅうミスってます。

タナカ : 私はヤスダさんとは違うんです。ほっといてください!

ヤスダ: ……。

 

落ち込み気味のタナカさんを元気づけようとしたヤスダさんでしたが、結果としてタナカさんは、ヤスダさんに怒りを覚えてしまいました。良かれと思ってかけた「激励」の言葉が、どうも逆効果だったようです。たしかに、このような言葉で癒される場合もあるかもしれませんが、このケースでは違いました。逆ギレされたヤスダさんもさぞ困惑したことでしょう。二人の関係も拗れてしまいそうです。

 

無論、ヤスダさんに悪意はありませんでした。むしろ、善意でタナカさん力になろうとしていたはずです。しかし、残念なことに相手の気持ちに寄り添っていなかったため、このような展開になってしまいました。タナカさんからすれば、自覚している落ち込みや不安の感情を、真っ向から否定されたと感じたのでしょう。

 

ヤスダさんがタナカさんの感情に無頓着であったのかといえばそうではありません。事実、タナカさんの感情をそれなりに理解したうえで、少しでも力になれればと思い掛けた言葉であったはずですから。

 

ではどのような違った展開があり得たのでしょうか。次のような流れはどうでしょうか。

 

タナカ : またケアレスミスをしてしまいました…。

ヤスダ: ケアレスミスですか…。

タナカ : ですが結構シリアスなんです。先方にも迷惑をかけてしまって…。

ヤスダ: 辛いでしょうね。自分のミスで周りに迷惑がかかると…。

 

タナカ : しかも連続でミスしてしまって…。落ち込みますよ…。

ヤスダ: 嫌なことが続くことってありますよね。またあるのではと、心配になります。

タナカ : そうなんです。今後は落ち着いてしっかりと見直さないと。

ヤスダ: ケアレスミスを防ぐには、冷静さが重要ですよね。焦りは禁物ですよ。

タナカ : ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。

 

こちらの例ではヤスダさんの善意がうまく伝わり、タナカさんは気持ちが楽になったと同時に、前向きにもなれたようです。1つ目の会話と2つ目の会話で決定的な違いは何かといえば、1つ目には「ラポール形成」がなかったのに対し、2つ目にはあった点です。

 

違いを前提に深い関係を構築するラポール形成

 

上司、部下、同僚、サプライヤー、顧客、資金提供者、監督官庁等々、ビジネスにはおおむね相手がいます。当然、相手と自分とには、立場、主張、目的、やり方など、多くの違いがあります。言語文化的な背景が異なればなおさらです。

 

そうした違いを前提にしながら、相手と深いレベルでのつながりを得るのが、ラポールの形成です。これは、意見が異なるとしてもお互いの思考、感情、行動を理解し合えているという納得感/安堵感に根ざす、調和的関係の構築といえます。

 

コミュニケーションを円滑にするには、ラポール形成がとても有益です。逆にいうと、ラポール形成がないと、スムーズなコミュニケーションが阻害されてしまいます。ラポールとは、元は心理セラピストとクライアント間の心状態を表す臨床心理学の用語でした。お互いを信頼し合いながら、率直に感情を交流できる関係を指します。この関係は臨床心理の場のみならず、交渉ごとやコーチングを含む、ビジネスコミュニケーションにおける大切な潤滑油といえます。

 

本連載では、このラポール形成について、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。とくに、その達成における重要な要素である、「共感力」に注目したいと考えています。

 

ラポールを構成する3つの要素

 

ラポールは、「ミラリング」、「ペーシング」、そして「共感的リフレクション」の3要素で形成されます。ミラリングは、相手の仕草、表情、姿勢などと同調するものです。ペーシングは、相手の音声、感覚述語、エネルギーレベルなどと同調します。そして共感的リフレクションは、相手の思考、感情、行動を適宜に伝え返すことで、相手と同調してゆく手法です。このように、ラポールは相手と同調、つまり波長を合わせる一連の作業で形成されます。

 

連載では、まず、ミラリングとペーシングの概略を解説し、それからラポール形成上で最も重要と考えられる3番目の要素、共感的リフレクションに注目していきます。本連載でいう前述の共感力とは、この共感的リフレクションを効果的に使える能力のことを指します。

 

この共感力の解説として、まず、共感的リフレクションに用いられる5 つの個別対話テクニック、「相手を肯定する」、「質問形式を使い分ける」、「相手の話を要約する」、「表現をリフレームする」、「脱力トークを用いる」を紹介していきます。そして、連載後半では、前半の内容を踏まえ、さらに共感的リフレクションを掘り下げていきます。その後、良い例と悪い例の対比による、応用力の向上をめざしていきます。

 

さて、最後に、連載を進めるうえで確認しておきたいポイントがあります。本連載における、「共感」(empathy)の意味についてです。本連載における共感とは、相手の思考、感情、行動の理解を指します。これはあくまでも「理解」であって、必ずしも内容に対しての賛同や共有を意味しません。

 

一方、「共感」と混同されやすい心情に、「同情」(sympathy)があります。こちらは、思考、感情、行動の理解にかかわらず、内容に対しての賛同や共有を意味しますが、本連載での「同情」には憐れむという意味は含まれません。あくまでも思考、感情、行動の共有を意味します。そういう点では、「共感」は「同感」に近いといえます。ただし、同感のもつ「積極的に賛同する姿勢」は、共感には含まれません。

 

本連載が少しでも皆さんのお役に立てば幸甚です。